18


知らぬ内に風紀室へと運ばれた二人。
先に目を覚ましたのは打たれ強い來希であった。
また過去に数度、來希は掃除屋には同じ手を使われやはり風紀室に叩き込まれた経験があった。

「クソッ、またてめぇらか。邪魔しやがって」

しかも何故かソファではなく絨毯の上で目を覚ました來希はそこにあった姿を目に止めて悪態を吐きながら痛む体を起こした。

「お前もこれで何度目だ橘。懲りない奴だな。前回は牙城(ガジョウ)とで、今度は…」

ちらと誠士郎の視線がソファへ向く。釣られるように視線を追った來希は堅く目を閉ざし、ソファに沈んだ久弥の姿をその先で見つけた。

「っ久弥!てめぇ、まさか久弥にも手ぇだしたんじゃねぇだろな!」

「何を吠える?当然の処置だ」

「冷泉、てめぇ…」

「そもそも意味が分からんな。珍獣をここまで痛め付けたのはお前だろう?どこに怒りを覚える必要がある?」

久弥の側に立った久嗣が物珍しい者を見るように來希を見返した。
誠士郎もどこか不思議そうに首を傾げるが來希は來希なりに思うところがあるのか、久嗣を睨み付ける。

「てめぇには関係ねぇ。久弥を返せ」

「まぁ、その点については何ら興味はない。だが、珍獣を返すことは出来ん。こいつとはまだ話をしていない」

「はぁ?それこそ俺の知ったことじゃねぇぜ」

いててと、顔をしかめながら立ち上がった來希はソファの側まで近付くと久嗣を押し退け久弥を連れ帰ろうとした。

「待て。まだ珍獣の処分は決まっていない。お前はいつも通り、謹慎三日だ。帰るならお前一人で帰れ」

「久嗣の言う通りだ橘。ソイツは初犯だからな、話を聞かないと決められない」

久嗣のみならず誠士郎にまで制止をかけられて來希は舌打ちをする。

「おい、久弥は置いてくがなコイツに何かしてみろ。真っ先にてめぇを潰しに来るからな冷泉」

「俺もいるから安心しろ橘。久嗣と二人きりにはならない。それと、お前にも何度も言うが先輩には敬語を使え。常識を考えろ」

「フン、どう呼ぼうが俺の勝手だろ」

怒り冷めやらぬ状態で來希はソファから離れると風紀室の扉を八つ当たり気味に強く閉めて出て行った。

バタンと強く響いた音。
意識を揺さぶられて俺は目を覚ました。

「…っ…ぅ」

ぼんやりとした視界に見慣れぬ天井が映り、何故だか体のいたるところが鈍く痛む。

ぱちぱちと数度瞬きを繰り返せば漸く視界が鮮明になっていき、何だかきらびやかな電灯が見える。しかしやはり見覚えはない…。

「目が覚めたか」

そして、見覚えのない顔が…?
ある。一度だけ、それもつい最近、見たことのある顔が俺を上から覗き込んできた。

「っ、あんたは…掃除屋の、冷泉…」

「俺を知ってるのか珍獣」

「え…、ちん…じゅう?」

何が何だか分からない。
目を白黒させる俺に久嗣が身を引き、代わりに誠士郎が現れる。

「大丈夫か?お前は橘との喧嘩の後風紀室に運ばれたんだ。俺は風紀副委員長藤峰 誠士郎だ。久嗣のことは…知ってるみたいだな」

「來希…?はっ、そうだ、アイツは!」

がばりと身を起こせば、見慣れない部屋。ここが風紀室なのだろう。
室内をきょろきょろ見回す俺に誠士郎が声をかける。

「橘なら帰らせた。それより風紀として話が聞きたい」

ソファに身を預けたままの俺は机を間に挟んで向かいのソファに座った誠士郎から聴取を受けることになった。

「まず名前と学年は?」

「…糸井 久弥。1-A」

風紀室に連れて来られたんじゃ逃げようがない。
俺は渋々ながら答える。
いつだかの菊地の忠告を良く聞いておくんだったと後悔したのはこの時だった。

「橘との関係は?」

「同室者兼クラスメイト」

規則通りの質問をしてくる誠士郎の傍らで、一人掛けのソファに座って聴取を聞いていた久嗣が口を挟む。

「同室者だと謹慎の意味がないな」

「そうだな。二人謹慎にして寮でまた殴り合いにでもなったら困るし…、橘か糸井、どっちかに反省室にでも入ってもらうか」

久嗣の助言に誠士郎は腕組みをして考える。
俺にはよく分からないが、反省室という部屋が別に用意されているのだろう。

「けど糸井の方は初犯だからな。そう厳しい罰でなくても…」

「それなら俺が引き取る」

「は…?何だって?」

真面目に処罰について考えを巡らせていた誠士郎は久嗣の発した意味不明な発言を聞き返す。
それを俺は口を挟めずに見ていた。

「耳が遠くなったのか誠士郎。橘と一緒にしておけないのなら俺が珍獣を引き取ると言ったんだ」

「何でだよ」

「俺は一度珍獣を飼ってみたかったんだ」

「………」

その発言に唖然としたのは誠士郎だけではなかった。
俺は痛む拳を握ってふるふると震わせ、黙っていられずに口を開く。

「俺はペットでもねぇ!」

遊士には娯楽人形扱いされ、來希には玩具扱い。ここに来て今度はペットか!俺の人権は何処に行った!

「お、落ち着け糸井!久嗣に悪気はないんだ」

「尚更悪いだろ!」

結局、俺は初犯のお陰か口頭注意だけで済んだ。
それを久嗣は少しばかり残念そうにしていたとか、していなかったとか。俺の知ったことじゃない!



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